2008年8月24日日曜日

Brooklyn Bridge


色々とへこみ気味な日々を過ごしていたけど、がっつり落ちると次には這い上がる力が湧いてくる。
くっそー(失敬)!もっと英語話せるようになってやる!下手でも間違っててもとにかく伝えるんだ!と、ふつふつ。こういう過程を持てることに感謝している。辛さを経験しなければ成長したいと願えないとき、神様は試練を与えて私たちに新たな力を得させてくださる。

先日教会のバイブルトーク(学び会)のみんなで「Brooklyn Bridgeを渡ってピザを食べよう」というアクティビティの時間を持った。私の職場の日本人インターンのAちゃんも参加してくれた。思うように自由に話せなくても、やっぱりみんなと会えるのが嬉しい。平日の夕方だった。マンハッタン側から出発。ある兄弟が待ち合わせ場所を間違えて、マンハッタンブリッジに行ってしまい、みんなで笑いながら彼を待った。
この橋は立派な建築で壮大な迫力があり美しい。そこで見る夕焼け空がすごくきれい。「みんなと話したい!」と心から思っていたので、その日は自然と積極的に交わりを持った。兄弟姉妹たちとAちゃんと、たくさん話しながら、写真を撮りながら歩いた。橋を渡り終えるとブルックリン。そこにおいしいと有名なピザ屋があるのだが、行ってみるとすごい行列!観光シーズンでもあるので人がいっぱい。並んで時間をつぶすのももったいないのでもう一つの名所、アイスクリーム屋に行くことに。私が頼んだのはチョコチップバニラ。1SCOOPでもけっこうなボリューム、わぁ、おいしい。
そこは港のような所で、夜になるとライトアップされたBrooklyn Bridgeを見渡せる。それもまたきれいだった。

ニューヨーカーは気軽である。みんなでアイスを食べながら交わっている時に、観光で来ている人たちと自然に会話を始めている。私も加わり、韓国人の女の子と話し、楽しいひと時を持つことができた。Aちゃんも喜んでくれていた。彼女はNYに来て約2年、語学学校に行きながらインターンをやっているのだが、アメリカ人の友達はいなかったらしい。一般的ニューヨーカーは概して冷たい。相当積極的でなければ英語がたどたどしい人と仲良くなんてしてくれない。私も教会に行ってなかったらこんなに友達を持つことなんて決してできなかったと思う。愛の輪を広げられることは嬉しい。

時間も9時を過ぎ、そろそろ解散タイム。ピザを食べられなかったので食事に行こうと言う人もいれば、そのまま家路につく人も。私は食事チームに入ったのだが、その後、ちょっと劇的な出来事が待っていたのであった。また折を見てUPするのでお楽しみに。

2008年8月10日日曜日

写真:初パターンの1stサンプル。スカートのしわ
を整えてから写真を撮ればよかった・・・


ここ最近、外国生活の壁を感じるようになってきた。前回も書いたようにまず、4ヶ月間まじめに働いても$1
も収入を得ていないこと。3ヶ月目位まではいろいろ覚えること、慣れることにフォーカスして希望を持ってやってこれたけど、最近は疑いが出てきてしまう。本当に1年間無給のままかも。だったらまじめに働くだけ損してる?無給インターンという立場をいいことに、私の経験やスキルを利用しているのでは?
1年間無給かもしれない、ということは十分にわかっていたつもりだったけどやっぱり、数ヶ月まじめに取り組んでいれば少しはもらえるだろう、という期待の方が大きかったのだろう。そして、週5日、一日8時間以上働き続けてもまったく収入を得られない、ということがこんなに屈辱的だとは思わなかった。ボスと話し合いたいと思って伝えてみたけれど、彼女は臨月で、もういつ産まれてもおかしくない状態なので会社にも毎日は来れなくなってきている。なので今は話す時間を持つのは難しそうだ。
以前ボスが言ってたのは、私がチーフパタンナーMLの良いアシスタントになってくれることを期待している、ということだった。しかし、彼から私に指示を出してくれることはほとんどない。ボスから依頼されたパターンを作り、わからない点を彼に聞きに行く、ということばかり。もっと自分から彼に近づいて彼からの指示をもらおう、と努力はしているのだが、言葉の限界、彼の威圧感、そして、どのタイミングで彼の仕事に関わりに行けばいいのか、というプレッシャーの中で時々泣きそうになる。でも、ここで引っ込んでいたらいつまでも同じ状態が続くだけ。逃げたくなるけど、なんとか食らいつくことを選択する。あぁ、しんどい。この努力は報われるのだろうか・・・。

そして、言葉の壁。特に、教会内で友達関係を築こうとしても、日常会話だけでは表面的な関係しか持てない。ここまではそれで良かったかもしれないけど、ここからは自分の気持ちをきちんと伝えられるようにならないとアメリカ人と友達になるのは難しい。先日の聖書学び会では、今月の学び会の内容をみんなで話し合って決めよう、という時間があった。しかし、ネイティブ同士の会話の早さにはまったくついていけず、ひたすら沈黙してなりゆきを見守るしかない、という状態。こんなことを話しているよ、と要約して伝えてくれるとても親切な兄弟がいるので助けられているけど、同じ輪に入れないのは辛い。すぐに英語が口に出てこないということと、性格的に、こんなこと言っても大丈夫かな?と考えてしまうくせが重なって余計に話すタイミングを逃してしまうのだ。
自分の中の日本人的性質を痛いほど見せられる。発言に気を使いすぎたり、遠慮して意見を言わなかったり、変な英語をみんなの前であまり話したくない、と思ってしまったり。引っ込み思案は無視されてしまう。誰も気遣ってはくれない。クリスチャンはもちろん違うけど、基本的にそういう文化なので教会内でもそういう傾向はある。

こっちの人はタフだな、と思う。いつも自分から何かを発しているし、思ったことをすぐに率直に伝えるし、衝突を恐れない。ホームレスや、お金に困っている人たちも積極的に声を上げて、街中の人に助けを求めている。私も何度も、困っているので小銭を少しでもいいからくれないか、と声をかけられたことがある。このタフさは私に必要な点だと思う。「恥」の文化の中で育った私は、「恥ずかしい姿を見せるよりは死んだ方がまし」という極論を片隅に抱えている。もちろん恥よりも死を選ぶようなことはしないけど、そういう精神性があることを認めざるを得ない。昔からそういう精神が嫌いで、自分の中から排除したかった。だからNYに来たいと思ったんだろうな。

成長には壁が付きもの。海外生活を始めたら誰もが通る所に今いるんだ、と思う。あらかじめ覚悟はしていた。これを過ぎたらまた違うステージが待っているはず。いつまで続くかわからないけど、いつもイエス様が、家族や友達が支えてくれている。そして、このみことばも大きな支えである。

「そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今は、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精錬されてもなお朽ちていく金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに賞賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。」 1ペテロ1:6-7

2008年8月3日日曜日

約4ヶ月経って

先月ボスと食事をして以来、勤務時間を少し変えた。8:30-5:00だったのを、9:00-6:00に。理由は、チーフパタンナーのMLの勤務時間が9:30-6:30なので、彼の時間に少し合わせて彼から学ぶ時間を増やそう、と。これもボスが提案してくれたことの一つである。
最近よく動機はどこにあるのかと考える。すごくドレスを学びたかったというわけではなく、NYのファッション業界で仕事をしてみたい、ということが一番の理由で、選択肢がこの会社しかなかったことと、こういうシンプルなラインのウェディングドレスならやってみてもいいな、位の気持ちだった。今もそうである。でもやるからにはしっかりやろう、思っていた。でも、すごくやりたい!という気持ちがないので、「学ぼう」という強い気持ちも持てない。
ドレスの世界は初めてとは言っても一応パタンナー歴は10年以上あるので、新しいラインはただ慣れていくしかなく、やっているうちにデザイナーの感覚もつかめてくるし、仕立てや技法もだんだん覚えていくもの、という経過がわかっているので、私としてはひたすら数をこなして、わからないことは聞き、淡々と覚えていくことが大事だと思っている。
しかし、MLは元ドレスのデザイナーなので、パターンを作りつつデザイン提案することも大好きらしい。私にないのはここ。「こんなドレスだったら素敵」みたいなデザイン感覚がない。デザイナーの意図するものを美しく仕上げたい、という思いはあるけど、積極的な提案は難しい。
最近、いつまで無給なんだろう?という思いが度々出てきてしまう。ひたすら貯金を削っていくだけの生活は精神的にしんどい。認められるポイントは何なのか。私の仕事はパターンメイキングだけではなく、生産管理もやっている。責任も大きく、とても神経を使う仕事である。ボスも、この点でよくやっている、と言ってくれている。この生産管理を任されていることだけでも十分に給料をもらうに値するのではないか?ここはアメリカの会社だから、「自分はこれだけやっているからこれだけもらえるはずだ」と主張すべきなのだろうか?それとも、給料をくれる別の会社を探し始めてもいいのでは?なんてアイディアも浮かぶ。やっぱり収入を得ることは大事なこと。友達と外食するにも、誕生日にプレゼントを買うにも、いつもプレッシャーがかかる。
一方では、今までこのブログにも書いてきたように、すごく恵まれているということも感じている。NYで学校に通ったわけでもないのにいきなりインターンとして働くチャンスが与えられて、良い会社でパタンナーのキャリアも積めていること。
人間て、与えられているものよりも欠けているものの方をよりクローズアップしてしまう生き物だなぁ・・・。こうして書いているうちに気持ちが整理され、わかってきたけれど、私はずっと夢見てたことを今実現させていて、あとは収入を得ることだけ、というところまで来ているのだ。

NYに来てから約4ヶ月、いろいろ考えてしまう時期なのかな。
先々の心配よりも、今目の前に与えられていることに対して一生懸命取り組もう。