2008年12月31日水曜日

NYの奇跡


どこの国にいても12月は何かと忙しいことを実感する。特に今年のNYでの12月は私にとって生涯忘れられない月になった。
とうとう恋人ができました、と公に言える日が来た。相手はずっと憧れ続けていた、私の理想をはるかに上回る素晴らしい人。
8月にUPした、”Brooklyn Bridge”の記事の最後に「劇的な出来事」があったと書いたのを覚えているだろうか。実はその時からお互いに魅かれ合っていることを確認し合い、友達以上の関係が始まっていた。でも彼の心には色々な傷や複雑な思いがあり、なかなか私たちの関係を公にできない状態が続いていた。

彼とは約3年前に、彼が旅行で東京を訪れた時に初めて会った。その時はとあるファッションイベントを一緒に数時間見て回っただけだった。NYでメンズデザイナーとして働いている彼は、NYのファッション業界のことをたくさん話してくれ、彼は私に強烈なインパクトを与えた。クリスチャンになる前、私はNYに留学しようとして頑張っていた時期があったのだが、色々な事情に振り回されて実現には至らなかった。その後クリスチャンになって教会活動に人生をささげるようになり、この時彼と会うまで自分の嗜好やキャリアについてあまり深く考えないようになってしまっていた。

彼は、私がもともと「好き」だったものを一気に思い起こさせた。彼の出身地でさえ、私の初めての海外旅行先の国で、すごく感動して住んでしまいたいと思った程大好きになった国。私が今回NYに来ようと本気で思ったのは、彼がきっかけだったのだ。でもまさか、3年経った今こうして特別な関係になるなんてまったく想像できなかった。彼は驚くほどに優しくて愛深く、陽気で面白くて大胆で、教会の皆から信頼されている成熟したクリスチャン。容姿だって、背が高くて筋肉質で引き締まった体にセンスのいい服装、そしていい香り。絶対モテモテに違いないし、すぐに結婚してしまうだろう。私になんてチャンスがあるわけない、とずっと思っていた。

今年4月、NYに来て彼と再会してみると、彼は教会内のある姉妹との関係でハートブレイクしてしまった後で、ようやく立ち直ってきた、という状態だった。そこから彼とのフレンドシップはだんだん発展して行き、NYでの生活の大きな支えとなっていた。現実面でも精神面でも、彼は他の誰よりもひたすら私をサポートし続けてくれていた。

12月に入って、彼から花束と腕時計をプレゼントされ、「ずっと僕のことを信頼し続け、感謝して、忍耐し続けてくれてありがとう。僕には君が必要だよ」と言われた。その時から彼の思いは固まって、回りに私たちの関係を打ち明けるようになった。
クリスマスイヴの夜、友達の家でのパーティーに参加した帰り道での彼の言葉。
「もう僕らは公にステディだからね。君からもみんなに話していいよ。クリスマスだからって言うわけじゃないけど、僕はずっと君のことを愛するよ。」
私なんてこの人を、この言葉を受けるに値しない。まったく。何て言葉を返していいのかわからない。

すべては神様のご計画としか言いようがない。すべてのタイミング、私の人生と彼の人生の絡み合い方、私たちにコントロールのしようがない。ずいぶん長い間、30代後半になってもパートナーがいないことで悩み苦しんできたけど、この報いはその何百倍?私たちの想像や思いをはるかに上回る神様の思いというのはこういうことなのか、とつくづく思う。私たちの関係をひそかにずっと応援し、祈り続けてくれていた友達に、これを読んでくれているあなたに心から感謝します。

2009年、皆さんにも素敵な神様からのプレゼントがありますように。

2008年11月29日土曜日

大どんでん返し・・・なるか?その2

何としてでもビザスポンサーに相談して会社を移る。そう決心して先日インターンシップ仲介業社の担当の人と面会した。

ここでちょっと説明を加える。そうでないとこの状況を理解するのは難しい。
私のインターンシッププログラムは3つの会社が関わって成り立っている。私が直接関わっているのが今実際働いているJ社、インターンシップ仲介業社のG社。そしてG社が主に関わっている、ビザ発行の手続きを直接アメリカ政府と行っているI社。このI社とは私はあまり関わりを持っていない。

そのG社の担当の人の説明によると、私のビザは1年間のインターンシッププログラムをここの会社で行います、という規定のもとに成り立っているので基本的にホストカンパニーを変えることは相当厳しく、ホストカンパニーが倒産しそうとか、いじめがひどくてどうにもならないとか、そういったやむをえない事情がない限り認めてもらえないとのこと。さらにビザスポンサーのI社が発行しているインターンシップ参加者のハンドブックを見せてもらうと、「途中でもっと良い条件や環境の企業を見つけたとしても、はじめに決めた会社でのプログラムを遂行するように」と書かれている。まさにこの状況の私がトランスファーを認めてもらえるわけがない。ビザスポンサーの説得は無駄な抵抗にしかならなそうだ。
それにしても、そんなこと知らなかったぞ!!オリエンテーション時の説明では「トランスファーは一回だけならできます」ということしか言わなかったではないか。だから会社を変えるチャンスがあるんだと思っていたのに。
でもあきらめたくない。

面接を受けたD社の担当の女性に連絡を入れ事情を説明した。口頭で細かい事情を説明するのは英語では難しいので、メールと電話の両方で。そして、フルタイムは無理でも今の仕事終了後の6時以降や週末ならパートタイムで働けるので検討してもらえないかとダメもとで押してみる。「うーん、コレクション前以外は6時以降や週末はうちは働いてないから・・・でもちょっと話し合ってみるわ。週明けに電話しますね。」とのこと。まだ希望の糸は切れていない。たとえパートタイムでも私の働きを見てもらう機会があればビザサポートにつながるチャンスになる。神様、どうか・・・。
しかし週明け、電話はなく、気持ちは落ち込みはじめる。家に帰ってメールを開いてみるとD社から返事が来ていた。「やはりうちはどうしてもフルタイムで働ける人が必要なので、残念ですが・・・」

はぁぁぁぁ・・・ だめかぁぁ・・・
大どんでん返し、ならず。
移民という立場の不自由さに涙をこらえるばかり。

会社を移れないとなると、今の会社以外に次のビザのスポンサーになってくれる会社を見つけるのは至難の業ではないか。D社の面接を受けてその高待遇を知って以来、今の会社で働き続けることに価値を見出せなくなってしまった。私くらいの経験とスキルがあれば、普通のアパレルに行けば今の3倍近い報酬が出て、バンバンいろんなパターンが引けて、周りからも経験者として尊重&期待されるのに。今の会社に留まればビザ申請&弁護士費用を全額自己負担し、アシスタントとしての採用、さらに新卒並みの報酬。どう考えてもばかばかしい。
次のビザをスポンサーしてくれる別の会社を見つけられなかったら、プログラムが終了する4月で一旦日本に帰った方がいい。でもまだ、できる限りこっちにいたい。

私たちの想像をはるかに超えて働く神様の力を信頼して、希望を捨てずにベストを尽くすしかない。

2008年11月22日土曜日

就職活動 in NY

ショーが終わって、ボスとビザや報酬について話しをした時のがっくり感から、他の会社を探し始めていた。
あまり期待はしていなかったのだが、日本人向けのNY掲示板サイトにパタンナー募集の書き込みがあったので問い合わせてみたところ、すぐにレジュメをメールしてほしいと言われ、そしてすぐに送信して返信を待っていた。
一週間以上経っても連絡がなかったのでこりゃ脈なしだなーとあきらめかけていたところ、突然電話があり面接に来てほしいと言われ、いきなりその翌日にセッティングされてしまった。実際に作った服やパターンや製品の写真等を持ってきてほしいとのこと。
こちらの友人のデザイナー、CLが以前、私の怪しい英文レジュメをプロフェッショナルネイティブバージョンに作り直してくれ、ポートフォリオ(ファイル等にまとめた作品集みたいなもの)のサンプルも見せてくれて、就職活動のHow toを教えてくれていたのであった。でも必要最低限の荷物でこっちに来たので作品もパターンもほとんどない。トワルや製品サンプルの写真も少しPCに入ってるだけ。準備に一日しかない。どうしよう。すぐに、日本で親しくしていたデザイナー、Oさんの顔が浮かんだ。彼女の会社は展示会の写真をたくさん見せてくれていたことを思い出し、早速彼女に問い合わせてみる。その時点では私にメールできるような写真があるかどうかわからないとのことだったのだが、その日のうちに20枚近くも送信してくれ、しかも非常に良く撮れている。それらの写真を編集し、PCのフォルダにまとめ、ラップトップ持参で見せることにした。あとは、職場を出る時にこっそり私の引いたパターンを持ち帰ってきた。よし、これでなんとかなるだろう。
面接、英語だし緊張するな~、と思っていた。そこの会社のビルに入る前に心から神様に祈った。だが、こちらの面接はとてもフレンドリーでカジュアルな雰囲気。リラックスしてポートフォリオや作品を説明できた。チーフパタンナーとスーパーバイザー(かな?)二人と面接だったのだが、二人とも妙に気に入ってくれている様子。私のキャリアにも関心しているようだった。こんな簡単に気に入ってもらえるものなのか?ただのお世辞かもしれない。

3日後また連絡があり、もう一度細かいことを確認し合いたいので面接に来てほしいとのこと。わぉ、本当に気に入ってもらえたらしい。また友人のCLに一般的なパタンナーの年俸や交渉の仕方を相談してみた。こちらのパタンナーは日本よりもはるかに年収がいいらしい。私くらいの経験があれば堂々とこれだけもらいたいと言っていいとのこと。NYの職業別平均収入をいくつかのサイトでチェックしてみると、やはり日本より1.5~2倍近い給料であることがわかった。
うーん、今まで無給で働いていた私はバカみたい? そういえば以前、NYに行くことを決心しかけてた時にも調べたことがあったっけ。なぜ今まで忘れていたんだろう。その時は現実味もなかったので、遠い世界の話のように感じていたんだろうな。

そして二度目の面接。今度はCEOとの話し合いだった。またまた笑顔の素敵な親しみやすい、親切な印象の人だ。私のキャリアとポートフォリオが気に入ったので是非来てほしいということと、年俸はいくら位を望んでいるかを聞かれたので、その調べた平均年収額を率直に伝え、どう思うか尋ねてみた。すると、「OK, that's fine!」と気持ちよい答え。ええっ!?こんなに簡単にOKされるの??もうちょっと高く言ってもよかったのでは?なんて、尽きない欲望がついこみあげてきてしまったが、この金額が神様の御心だったのだろう。それにしても飛躍的な経済的成長!こんな不景気な世の中なのに・・・。
でもこれは、すぐに写真を送ってくれたOさんや、友人CLの助けなしにはありえなかった事。どれほど「生かされて」いるのかを感じる。Oさん、CL、心から感謝します。

しかし、前回書いたように、そう簡単には物事は進んでいない。外国人はVisaの制限が色々あって厳しいアメリカ。果たしてどういう展開になるか。
次回に続く。

2008年11月19日水曜日

大どんでん返し・・・なるか?

想像していなかった以外な展開が訪れた。
なんと、別の会社に採用が決まってしまった。それも、実にあっさりと。
そして、もちろん今の会社よりは忙しくなるが、収入はいきなり跳ね上がり、今の会社のオファーの倍額である。
日本での収入の1.5倍位。そして更に、ビザ費用も全額負担してくれる。
NYファッションウィークにも参加している、世界中に店舗のある大手のハイクラスブランドであり、面接してくれたCEOはとても従業員思い。一緒に働く人たちも皆フレンドリーで暖かい雰囲気。仕事環境も整っている。
まだ驚きが冷めない。 神様、これはすごいことです!

と、ここまでは昨日までの興奮。
喜ぶのはまだ早かった。

早速インターンシップを仲介してくれたエージェントに会社を移りたい旨を伝えると、「1年間のトレーニングプログラムを組んだ会社を変えることは、ビザスポンサーがそう簡単には認めてくれない」とのこと。何人かがトライして、けっこう断られてしまっているらしい。

ようやく少し報酬が出るようになったけど、ここまでの無給インターンの苦労がようやく報われる時が来た!とぬか喜びも束の間。大きなチャレンジである。でもどうか、神様、お願いします。ここまでの素晴らしいチャンスを私の前に見せてくださって、どうかこの希望を絶たないでください!本当に本当に私はここでやっていきたい、という心を私は与えられました。私の人生を使ってあなた様の栄光を現してください。
神様は私の信仰をより鍛えようとしてくださっているのだろう。神様は愛する者を鍛えるお方。

創世記のヤコブのように、「祝福をいただくまで離しません」という心。

「彼は不信仰に陥って神の約束を疑うようなことはなく、むしろ信仰によって強められ、神を賛美しました。」というアブラハムの態度。

「私の正しい者は信仰によって生きる。もしひるむようなことがあれば、その者は私の心に適わない。」しかし、私たちはひるんで滅びる者ではなく、信仰によって命を確保する者です。
ヘブル書の言葉。

神様の祝福を心から信じて、ベスト尽くしてビザスポンサーを説得します。
さて、どうなることやら??
結果が出次第、またすぐにUPするのでお楽しみに!

2008年10月31日金曜日

At last.

ショーが終わって一週間以上が過ぎ、次の課題は果たしていつから報酬がもらえるのか?ビザの申請はどうなるのか?ということ。ショーの翌日に即座にボスに尋ねてみた。まずは弁護士に相談してみてどのビザが一番確実か、どんな書類が必要になるのかを確認するように。それからディレクターのDvと3人で話し合いましょう、と言われた。
弁護士に関しては事情がよくわからない。相談を持ちかけたらすぐに料金が発生するのか?会社からは何のアドバイスもなし。さらにビザ申請にかかる費用はすべて自己負担になると宣言された。申請料+弁護士費用で$5000近くかかるのだ。「だってうちとしてはアメリカ人を雇ったっていいんだから。」というのがボスの言い分。そして一番緊急にクリアにしたかった、いつから報酬が出るのかに関しても、3人で話し合う時にその件も伝えるとのこと。

ショーは素晴らしかったけど、その直後の現実問題はシビアだ。はっきり言ってがっかりした。アメリカの会社がドライなのはわかっているけど、せめてもう少し私の立場や今までの業績を考慮してくれるような言葉が欲しかった。NYに来るまでに多額のインターンシップ手続き費用を支払い、6ヶ月以上も無給でやってきて、更にビザ費用のサポートなし。未だにいつから報酬が出るのかはっきりしてくれない。もし私じゃなくてアメリカ人の経験者を雇ってたら、ビザ費用はかからなくても最初から多額の給料を払わなくちゃいけなかったんじゃないの?だから無給インターン制度で人件費を抑えているんでしょ?私の弱みにつけ込んでできる限り引っ張って無給で働かせようって魂胆?「You are taking advantage of me!」(私を利用している!) と、その日家に帰ってからそんな思いがふつふつとこみ上げてきた。今は円高だし帰国して働いたほうがよっぽど儲かる。
たとえ無給でも、いつから報酬が出るかわからなくても、ただ神様の前に誠実に働いてきた。けどもう精神的に限界。毎朝¢50の薄いコーヒー、お昼はできるだけ$1のベーグル、洋服もほとんど買わず、毎日同じ靴、どんどん寒くなってくるし、冬服もそんなにない。節約、我慢のNY生活。でもこれは自分自身で選択した結果だし、覚悟もしていたことだ。

そう、文句を言っても何も始まらない。まずは早速弁護士を探して相談してみないと。同時に他の会社も探そう。
こちらの日本人の友達に聞いたりインターネットで調べて、まずは日本語を話せる弁護士を見つけて電話をしてみた。電話での相談は無料だそうだ。良かった。ワーキングビザ取得は相当難しいと皆から言われていたのだが、その弁護士曰く、大統領選があるから移民法の改正が期待大であり、私位の職歴があればまず大丈夫だろうとのこと。私の職種&職歴だったらワーキングビザだけでなくアーティスト(O)ビザも可能だと言われた。但し私が相当卓越した(これがOビザの条件)パタンナーであることを、今までの作品やできるだけ地位ある人からの推薦状等で証明しなくてはいけない。・・・頑張ればなんとか証明できるかもしれないけど、そこまで資料をそろえるのはかなり骨の折れる作業だ。はぁ。

弁護士と話した翌日に、その内容をボスに伝えた。すると今度は、会社側の事情や出せる給料も限界があり、そういったことも弁護士に確認してみてくれとのこと。それを確認したら3人で話しましょう、と。
会社が私に出せる年俸の上限は日本での稼ぎよりかなり低い。そして、また話し合いを引き伸ばすの!?
わかりました。と、とりあえず不服ながら答えてしまったけど、もう気持ちが治まらない。またボスのもとに行き、もうこれ以上無給で働くのは限界、せめて来月からはいくらか出して欲しい、その点を早くクリアにしてほしい、と伝える。そしたら「わかりました。」とただ一言。一体どういうつもりでいるんだろう?

そして翌日の今日、ようやくボスの方から「後で話しがあるから」と言われ、何時間か後に話し合いの場が持たれた。というか、会社としての結論を伝えられた。

来月11月から、ビザがおりるまではパートタイムとしての扱いとなり、日給ベースで報酬が出ることになった!
このインターンビザの1年の期間は一般の有給インターン位の報酬をもらえることを目標にしていた。しかし、以外なことにその額を上回る報酬を告げられた。
やった。ようやく収入が得られる。年齢や経験から考えたら相当低い収入だけど、最悪1年無給かも?と考えてはいたし、もう貯金を削らなくても生活費は賄える。これからのことはまたこれから考えよう。

たくさんの内なる疑い、不安、理不尽さを抱え戦ってきたけど、ボスとDvに心からの笑顔で感謝を表さずにはいられなかった。それ以上に、ずっと見守ってきてくれた神様に。

2008年10月21日火曜日

ビッグショーが終わって



昨日の日曜、ようやく大きなショーが終わった。ショーに向けて多少バタバタはしていたもののそれほどめちゃくちゃ忙しい日々だったわけではない。けれども前回の更新から約1ヶ月も経ってしまってた・・・。「書く」ということもそれなりの集中力がいるので、なかなかそこに心を向ける余裕が持てなかった。

この1ヶ月はショー向けのパターン作成、縫製指導などがメインの仕事だった。日本のコレクションブランドみたいにショー前は夜中まで働く、なんてことはこちらでは一切ないのがとてもありがたいことだった。でもやっぱりショーが近付くにつのサンプル作成状況も時間との戦いになってきて、皆少しピリピリしていた。文句や言い争いが多くなった。こちらは感情表現がストレートなので、言い争いも激しい。そんな時はいつも片隅で、心の中で祈りをささげていた。そして、クチュールの仕立てはまだまだ不慣れなことが多く、多くの修正を重ね、戸惑いながら、常に英語での対応のストレスもあり、残業はそれほどなくてもけっこう疲れを感じていた。
今回はショーの会場とマーケティングアポイントメント会場が違うのでドレスの移動が計4回にもなる。タフだ~・・・。

今回のショーは前回の4月のショーより規模が大きく、ドレスの数もモデルの数も倍近い。会場も前回よりも数段格式高い高級ホテル。バックステージも広くてLuxuryだった。そんな場所で綺麗なモデルたちが綺麗なドレスを着てショーの出番を待っている光景は壮観。今回は自分でパターンを手掛けたドレスが約3分の1もあり、その光景を目の当たりにしてとても充実感を覚えた。今回はモデルの着替えも少なかったのでショーを客席から見ることもできた。
すべての雰囲気から、前回よりも一段と洗練されたショーになっていることを感じた。やっぱり自分でパターンを引いたドレスをプロフェッショナルなショーで見られることは感動である。しかもここはNY。半年前わけもわからない状態でショーを手伝ってた時にはまったく想像できなかった思い・経験をしている。
友達も6・7人見に来てくれて、みんなショーを気に入ってくれたようで、私を励ましてくれた。がんばってきて良かった。こうやって友達と喜びを分かち合えることは何よりも嬉しい。

ショーが終わり、会場を片付け、またドレスを別のホテルに運ぶ。しかし今回は打ち上げがあり、寿司&カラオケバーへのご招待!遠慮していたのだけれど、ボスからの強い勧めでインターン皆が行くことになった。ボスは熱唱。そして上手で驚いた。旦那さんもカラオケ大好きらしく楽しそうに何曲も歌っていた。私はAちゃんとPUFFYなんぞデュエットすることに。カラオケなんて何年ぶりだろう。余談だけど、こちらの人は「KARAOKE」をなぜか「キャリオゥキ」みたいに発音する。なぜそうなってしまうのか不思議である。そして、久々のお寿司!人数の割りに量が少なくてあまり食べれなかったけど、やっぱり日本人のソウルフード、おいしい~!幸せ!

翌日(本日)の仕事は夕方のドレス&荷物の移動だけだったのでお昼までゆっくり寝られた。
さっき、無事にすべてをオフィスに運び終えて、Aちゃんとイーストビレッジのラーメン屋で夕飯を食べて帰宅。
これからしばらくは落ち着いた日々になるだろう。充実感を持ってショーを終えることができて、ただ神様に感謝。
このブログを読んで応援してくれている皆さんにも心からの感謝をささげます。

2008年9月21日日曜日

Fun time


先週更新するつもりがすっかり遅くなり、このイベントからもう2週間が経ってしまった…(汗)
先々週の週末はイベントが重なり、NYの教会ならではの楽しい時間をたくさん過ごさせてもらった。土曜日の夕方からはある兄弟のバースデーパーティーに呼ばれ、Bronxにある夫婦のお宅で食べ物持ち寄りスタイルのサプライズパーティーが開かれた。その主役が登場する前に皆で隠れて、彼がドアを開けた瞬間に「サプラーイズ!!」と言ってケーキとカメラを準備して出迎える。彼はもちろん喜んでくれたけど、何人かの兄弟姉妹が間違って彼にこのサプライズパーティーについてのメールを送ってしまっていて、実はもうバレバレであった。よくあるケースである。しかしながらそれは笑い話に終わり、皆で食べて、おしゃべりして、後半はダンスタイム!NYはラテン系の人が多いので、パーティーとなると必ずといっていい位サルサダンスタイムになる。私はほとんどサルサ経験なしだったのだが、ある姉妹にステップを教えてもらって参加。適当に踊っていても楽しい。色々な人とペアになって、言葉がなくても楽しく交われる。ラテン系の兄弟姉妹はもうノリノリで、とっても楽しい雰囲気になる。うーん、これはもっとダンスを覚えてもっとみんなと踊りたい!と思わされた。

翌日の日曜は兄弟姉妹十数人で行くビーチ礼拝に参加させてもらった。場所はNew JerseyのSeaside Heightsという、マンハッタンから車で2時間近く行った人気のビーチスポット。朝8時にマンハッタンを出る予定だったのにあらゆる人が遅れてきて結局10時の出発に… 8時きっかりに一番のりで待ち合わせ場所に着いた私はスケジュールや場所が変わったのではないかと不安になりながら待たされた。こんな時に限って携帯がおかしくなり誰とも連絡が取れないなんて。でもぽつぽつ集まり始めて安心。しかし結局2時間も待ってしまった。週末は地下鉄のスケジュールが大幅に変わり、急行がなくなったり本数が減ったりで、なかなか予定通りに集まりにくいのであった。
9月を過ぎていたのにその日はとても暑くなり、雲一つない快晴。まさにビーチ日和になった。そういえばここ数年ビーチになんて行っていなかった。30過ぎて日焼けしたくなかったし、あまりパワーもなかった。しかしこちらの兄弟姉妹は30、40過ぎてもパワフルである。みんな泳ぐ準備もしてきているし、(といってもクリスチャンなので、姉妹は水着の上にTシャツ・ショートパンツ着用で、兄弟につまずきを与えないようにちゃんと配慮していた。感心。)ジュースやサンドウィッチなども誰かしらしっかり持ってきてくれている。私だけが泳ぐ準備なしだった…。
ビーチは想像していたよりもずっときれいで、浜辺の砂は白いし水の透明度もけっこう高い。
強い日差しの中での礼拝。皆で賛美歌を歌って、ある兄弟の説教を聞いて、とっても家族的な時間になった。
その後は浜辺や水際で遊び、ビーチ周辺のお店を散策し、皆でビデオや写真を取りまくり、たくさんのいい交わりを持つことができた。サンスクリーンを塗りまくったけれど日差しが痛い。膝の裏側と足の甲は後で真っ赤になっていた。

インターンの仕事経験だけでなく、こんなフレンドシップを持てることにただ感謝するばかりである。

2008年9月5日金曜日

ちょっぴり光が

気がつけばもう9月。NYに来て5ヶ月が過ぎた。先月はボスが出産し産休に入っていたこともあり、社内はのんびりした空気に包まれ、私の仕事もあまり振り回されることなく淡々と過ぎていった。
しかしさすが社長でありやり手のボス、産後1ヶ月もたたない内に少しずつ復帰し始め、先週あたりからは本格復帰になりつつある。今日は赤ちゃんとお母様と共に出社し、ボスの仕事中はお母様が赤ちゃんを世話していた。私だったら産後最低1年は仕事せずに子育てに専念するだろうな・・・。社長になる人は違うなぁ。

でもようやく話を切り出す時期がやってきた。相変わらず仕事中のボスは威圧的で近寄りがたい。話を持ちかけるのに勇気が要る。NYに来て、特に鍛えられているのがこの点。躊躇する前にすぐに思いを口に出すこと。相手の思いを察する国民性ではないここアメリカ、特にNYでは躊躇しっぱなしなので、自分の思いに対して即座に反応しないと何事も前に進まない。
「ちょっとの時間でいいんでお話させてもらえませんか。」
すると以前ランチをご一緒できませんかと聞いた時と同様、天使の笑顔と優しい反応。即座に話す場を設けてくれた。
仕事の進め方の疑問点、私の仕事に対する評価、報酬を得ることはできないのか、聞きたかったことを率直に聞いた。
すべての点においてとても丁寧に誠実に答えてくれた。仕事ではアメとムチを使い分けている、と以前彼女は言っていたが、本当にどちらの面においても徹底している。ここが彼女のawesomeな点だと思う。
まだ英語力が十分とは言えないけどとてもよくやってくれていて、特に生産管理は非常に助けられている、と評価してもらった。そして10月のショーが終わり次第報酬についても考慮し、雇用に向けて取り組むつもりでいるのでワーキングビザのことを自分なりに調べておいてほしい、と。

おぉ。ようやく光が見え始めた。
神様、ただ感謝します。

ワーキングビザ取得のハードルはかなり高いので喜ぶのはまだまだ早いけど、雇用に向けて取り組んでくれるということは仕事ぶりを認めてもらえているということだ。それだけでも十分嬉しい。(それにしても、ビザも自分で調べないといけないのね・・・会社がやってくれるのものかと日本人的発想でいた。) 色々バトルし、無価値感にも苛まれたけど神様は本当に私を見捨てない。

最近よく感じるのだけど、職場では本当に神様からの鍛錬を受けていると。あらゆる場面において愛・喜び・平和・寛容・親切・善意・誠実・柔和・節制、といった聖霊の実を結ぶことを求められていることを実感する。なぜかというと、それらを裏切りたくなるような状況に常に置かれるから。

威圧的な人、愛したくない。
無給で仕事、喜べない。
まじめに仕事してるのに理不尽なこと言われて、平和を保てない。
言いたいことが十分言えず、完全に聞き取れない英語のフラストレーション。寛容になる余裕なし。
ちっとも親切にしてもらえない人に親切になれない。
年下で経験浅いのに横柄な口のきき方ばかりする子に善意なんか示したくない。
こっちは誠実にやろうとしてるのにいい加減な取引先。勘弁して。
きついこと言われて柔和でいられない。
疲れた。朝起きたくない。今日は休みたい。節制したくない。

時々誘惑に負けてしまう。でもいつもイエス様が私を愛してくれていることが、弱い私を強くしてくれる。霊の実を結びたいと思わせてくれる。失敗しても復活させてくれる。
まだまだ外国生活の課題は山積みだけど、神様のすばらしさを見られる恵みの中に置かれていると思う。

2008年8月24日日曜日

Brooklyn Bridge


色々とへこみ気味な日々を過ごしていたけど、がっつり落ちると次には這い上がる力が湧いてくる。
くっそー(失敬)!もっと英語話せるようになってやる!下手でも間違っててもとにかく伝えるんだ!と、ふつふつ。こういう過程を持てることに感謝している。辛さを経験しなければ成長したいと願えないとき、神様は試練を与えて私たちに新たな力を得させてくださる。

先日教会のバイブルトーク(学び会)のみんなで「Brooklyn Bridgeを渡ってピザを食べよう」というアクティビティの時間を持った。私の職場の日本人インターンのAちゃんも参加してくれた。思うように自由に話せなくても、やっぱりみんなと会えるのが嬉しい。平日の夕方だった。マンハッタン側から出発。ある兄弟が待ち合わせ場所を間違えて、マンハッタンブリッジに行ってしまい、みんなで笑いながら彼を待った。
この橋は立派な建築で壮大な迫力があり美しい。そこで見る夕焼け空がすごくきれい。「みんなと話したい!」と心から思っていたので、その日は自然と積極的に交わりを持った。兄弟姉妹たちとAちゃんと、たくさん話しながら、写真を撮りながら歩いた。橋を渡り終えるとブルックリン。そこにおいしいと有名なピザ屋があるのだが、行ってみるとすごい行列!観光シーズンでもあるので人がいっぱい。並んで時間をつぶすのももったいないのでもう一つの名所、アイスクリーム屋に行くことに。私が頼んだのはチョコチップバニラ。1SCOOPでもけっこうなボリューム、わぁ、おいしい。
そこは港のような所で、夜になるとライトアップされたBrooklyn Bridgeを見渡せる。それもまたきれいだった。

ニューヨーカーは気軽である。みんなでアイスを食べながら交わっている時に、観光で来ている人たちと自然に会話を始めている。私も加わり、韓国人の女の子と話し、楽しいひと時を持つことができた。Aちゃんも喜んでくれていた。彼女はNYに来て約2年、語学学校に行きながらインターンをやっているのだが、アメリカ人の友達はいなかったらしい。一般的ニューヨーカーは概して冷たい。相当積極的でなければ英語がたどたどしい人と仲良くなんてしてくれない。私も教会に行ってなかったらこんなに友達を持つことなんて決してできなかったと思う。愛の輪を広げられることは嬉しい。

時間も9時を過ぎ、そろそろ解散タイム。ピザを食べられなかったので食事に行こうと言う人もいれば、そのまま家路につく人も。私は食事チームに入ったのだが、その後、ちょっと劇的な出来事が待っていたのであった。また折を見てUPするのでお楽しみに。

2008年8月10日日曜日

写真:初パターンの1stサンプル。スカートのしわ
を整えてから写真を撮ればよかった・・・


ここ最近、外国生活の壁を感じるようになってきた。前回も書いたようにまず、4ヶ月間まじめに働いても$1
も収入を得ていないこと。3ヶ月目位まではいろいろ覚えること、慣れることにフォーカスして希望を持ってやってこれたけど、最近は疑いが出てきてしまう。本当に1年間無給のままかも。だったらまじめに働くだけ損してる?無給インターンという立場をいいことに、私の経験やスキルを利用しているのでは?
1年間無給かもしれない、ということは十分にわかっていたつもりだったけどやっぱり、数ヶ月まじめに取り組んでいれば少しはもらえるだろう、という期待の方が大きかったのだろう。そして、週5日、一日8時間以上働き続けてもまったく収入を得られない、ということがこんなに屈辱的だとは思わなかった。ボスと話し合いたいと思って伝えてみたけれど、彼女は臨月で、もういつ産まれてもおかしくない状態なので会社にも毎日は来れなくなってきている。なので今は話す時間を持つのは難しそうだ。
以前ボスが言ってたのは、私がチーフパタンナーMLの良いアシスタントになってくれることを期待している、ということだった。しかし、彼から私に指示を出してくれることはほとんどない。ボスから依頼されたパターンを作り、わからない点を彼に聞きに行く、ということばかり。もっと自分から彼に近づいて彼からの指示をもらおう、と努力はしているのだが、言葉の限界、彼の威圧感、そして、どのタイミングで彼の仕事に関わりに行けばいいのか、というプレッシャーの中で時々泣きそうになる。でも、ここで引っ込んでいたらいつまでも同じ状態が続くだけ。逃げたくなるけど、なんとか食らいつくことを選択する。あぁ、しんどい。この努力は報われるのだろうか・・・。

そして、言葉の壁。特に、教会内で友達関係を築こうとしても、日常会話だけでは表面的な関係しか持てない。ここまではそれで良かったかもしれないけど、ここからは自分の気持ちをきちんと伝えられるようにならないとアメリカ人と友達になるのは難しい。先日の聖書学び会では、今月の学び会の内容をみんなで話し合って決めよう、という時間があった。しかし、ネイティブ同士の会話の早さにはまったくついていけず、ひたすら沈黙してなりゆきを見守るしかない、という状態。こんなことを話しているよ、と要約して伝えてくれるとても親切な兄弟がいるので助けられているけど、同じ輪に入れないのは辛い。すぐに英語が口に出てこないということと、性格的に、こんなこと言っても大丈夫かな?と考えてしまうくせが重なって余計に話すタイミングを逃してしまうのだ。
自分の中の日本人的性質を痛いほど見せられる。発言に気を使いすぎたり、遠慮して意見を言わなかったり、変な英語をみんなの前であまり話したくない、と思ってしまったり。引っ込み思案は無視されてしまう。誰も気遣ってはくれない。クリスチャンはもちろん違うけど、基本的にそういう文化なので教会内でもそういう傾向はある。

こっちの人はタフだな、と思う。いつも自分から何かを発しているし、思ったことをすぐに率直に伝えるし、衝突を恐れない。ホームレスや、お金に困っている人たちも積極的に声を上げて、街中の人に助けを求めている。私も何度も、困っているので小銭を少しでもいいからくれないか、と声をかけられたことがある。このタフさは私に必要な点だと思う。「恥」の文化の中で育った私は、「恥ずかしい姿を見せるよりは死んだ方がまし」という極論を片隅に抱えている。もちろん恥よりも死を選ぶようなことはしないけど、そういう精神性があることを認めざるを得ない。昔からそういう精神が嫌いで、自分の中から排除したかった。だからNYに来たいと思ったんだろうな。

成長には壁が付きもの。海外生活を始めたら誰もが通る所に今いるんだ、と思う。あらかじめ覚悟はしていた。これを過ぎたらまた違うステージが待っているはず。いつまで続くかわからないけど、いつもイエス様が、家族や友達が支えてくれている。そして、このみことばも大きな支えである。

「そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今は、しばらくの間、さまざまの試練の中で、悲しまなければならないのですが、信仰の試練は、火を通して精錬されてもなお朽ちていく金よりも尊いのであって、イエス・キリストの現われのときに賞賛と光栄と栄誉に至るものであることがわかります。」 1ペテロ1:6-7

2008年8月3日日曜日

約4ヶ月経って

先月ボスと食事をして以来、勤務時間を少し変えた。8:30-5:00だったのを、9:00-6:00に。理由は、チーフパタンナーのMLの勤務時間が9:30-6:30なので、彼の時間に少し合わせて彼から学ぶ時間を増やそう、と。これもボスが提案してくれたことの一つである。
最近よく動機はどこにあるのかと考える。すごくドレスを学びたかったというわけではなく、NYのファッション業界で仕事をしてみたい、ということが一番の理由で、選択肢がこの会社しかなかったことと、こういうシンプルなラインのウェディングドレスならやってみてもいいな、位の気持ちだった。今もそうである。でもやるからにはしっかりやろう、思っていた。でも、すごくやりたい!という気持ちがないので、「学ぼう」という強い気持ちも持てない。
ドレスの世界は初めてとは言っても一応パタンナー歴は10年以上あるので、新しいラインはただ慣れていくしかなく、やっているうちにデザイナーの感覚もつかめてくるし、仕立てや技法もだんだん覚えていくもの、という経過がわかっているので、私としてはひたすら数をこなして、わからないことは聞き、淡々と覚えていくことが大事だと思っている。
しかし、MLは元ドレスのデザイナーなので、パターンを作りつつデザイン提案することも大好きらしい。私にないのはここ。「こんなドレスだったら素敵」みたいなデザイン感覚がない。デザイナーの意図するものを美しく仕上げたい、という思いはあるけど、積極的な提案は難しい。
最近、いつまで無給なんだろう?という思いが度々出てきてしまう。ひたすら貯金を削っていくだけの生活は精神的にしんどい。認められるポイントは何なのか。私の仕事はパターンメイキングだけではなく、生産管理もやっている。責任も大きく、とても神経を使う仕事である。ボスも、この点でよくやっている、と言ってくれている。この生産管理を任されていることだけでも十分に給料をもらうに値するのではないか?ここはアメリカの会社だから、「自分はこれだけやっているからこれだけもらえるはずだ」と主張すべきなのだろうか?それとも、給料をくれる別の会社を探し始めてもいいのでは?なんてアイディアも浮かぶ。やっぱり収入を得ることは大事なこと。友達と外食するにも、誕生日にプレゼントを買うにも、いつもプレッシャーがかかる。
一方では、今までこのブログにも書いてきたように、すごく恵まれているということも感じている。NYで学校に通ったわけでもないのにいきなりインターンとして働くチャンスが与えられて、良い会社でパタンナーのキャリアも積めていること。
人間て、与えられているものよりも欠けているものの方をよりクローズアップしてしまう生き物だなぁ・・・。こうして書いているうちに気持ちが整理され、わかってきたけれど、私はずっと夢見てたことを今実現させていて、あとは収入を得ることだけ、というところまで来ているのだ。

NYに来てから約4ヶ月、いろいろ考えてしまう時期なのかな。
先々の心配よりも、今目の前に与えられていることに対して一生懸命取り組もう。

2008年7月23日水曜日

職場の素敵な・・・?男性陣

私のボスは妊娠中である。来月出産予定なので、先日オフィスでランチタイムにBaby Showerを開いた。
社員の誕生日祝いもみんなでオフィスでやる。さすがアメリカの会社。

さて、ピザとスティックサラダ、おいしそうなチョコレートケーキ、コーク等が準備され会が始まった。サプライズ大成功!後からオフィスに来たボスはとても喜んでいた。食べながらしばらくおしゃべりタイム、そしてそれぞれが用意したプレゼントを開ける時が来た。かわいい洋服、肌着、おもちゃ、スタイなど、みんな気の利いた素敵なプレゼントだった。最後に一番大きな箱を開けると、かわいいパンダ柄のニットのブランケットと、かわいらしい模様の布を接ぎ合わせてフリルの縁取りのしてあるシーツ、いや、どちらもおくるみかな?が登場。誰からのプレゼントかと思えば残りはただ一人、チーフパタンナーのML。な、なんと彼のお手製だそうな!! こんなにかわいいパンダの図柄を入れて手編みをしているおじ様の姿・・・ うーん、パターンも繊細な彼ならあり得るか。しかし、ボス曰く、「うちの会社には女性しかいないから。あ、裁断のNSは違うけど。」 え? と意味を把握するのに一呼吸かかったが、あらっ、さすがNYのファッション業界。こんなに身近にいたなんて。ん?待てよ、NS以外ということはディレクターのDVも?

うちの会社では、誰かがお土産や差し入れを持って来てくれるとオフィスの中央の机に置き、皆自由に食べる。月曜日、DVが出社すると、その机の上にケーキを置いた。「みんな、食べてね」らしき言葉は聞こえたのだがちょっと席が離れていたのでよくわからなかった。NSが先にそのケーキを食べていたので私ももらいに行った。ブルーベリーの入った、甘すぎないソフトなケーキ。お~、おいしい。そういえば前にも彼が持ってきてくれたブラウニーは絶品だった。 NSに、「もしかしてDVが作ったの?」と聞いてみると、「そうだよ。彼はケーキを焼くのが好きなんだよ。こうやってよくオフィスに持ってきてくれるんだ。」 ブラウニーの時はまったく気付いていなかったが、なんと、まぁ。
MLといい、DVといい、さすが。女性として見習いたい腕である。

NSは結婚していて、すでに孫もいる。よく家族の話をしてくれる。 彼はいつもお弁当を持ってきているので、「奥さんが作ってくれるの?」と聞くと、「いや。僕のワイフはほとんど料理しないんだよ。僕がいつも食事を作って、息子たちにも弁当を作ってやってるんだ。」 我が社唯一のまともな男性NSでもこんな一面が。

NYに来てから、あまり料理環境も整ってない中で暮らしているので料理は本当に手抜きになってきている。ご飯にふりかけ&インスタント味噌汁は定番だし、アメリカンスタイルにも影響されて、夕飯は缶詰のスープにトルティヤチップス、なんてことも普通になってきてしまっている。せっかく送ってもらったアムウェイのインダクションレンジも、変圧器が対応できる電圧をはるかに超えていたようで使えず、ケーキも焼けない。ミシンも裁縫用具もみんな日本に置いてきてしまって縫い物もできず、節約生活で道具も揃えられない。必要最低限の簡素な生活スタイルの私は一人暮らしの男性のよう?なんて思ってしまう。でも、私だって時間とお金に余裕があれば料理も縫い物もやりたいんだい!と心の中で叫んでいる。 は~、早く結婚したいなぁ。

2008年7月13日日曜日

独立記念日

写真上: ミショナリーハウスの食料庫
写真下: 野原に出現!野うさぎ。わかるかな?


7月4日はIndependence Day、独立記念日でお休み、そして5・6日は土日なので3連休となった。さて、この連休に何をしていたかというと、NYのお隣の州、ニュージャージーのCherry Hillという所に行っていた。位置的にはほぼフィラデルフィアである。日本で大変お世話になった牧師先生ご一家も今はアメリカ滞在中で、各地の教会を回っている。そしてこの時期ご一家はNJに滞在することになっていたので、NYに来る前から会う約束をしていたのであった。

3日は会社も早く終わったのでお土産を買い、その日の夜に出発した。
NJのTrentonという駅で待ち合わせ。わぁ、3ヶ月ぶりの再会!KV先生も、奥さんのKRさんも、息子のJも変わってない。3ヶ月位じゃ変わらないか。心和む再会。さらにそこから車で約1時間の所が彼らの滞在先。自然に囲まれたかわいらしい一軒家。家の裏手には広ーーーい野原が!周囲にも何軒かおうちがあり、子供が遊べる公園もある。この一画はミショナリーハウスとして、宣教師が滞在するために用意されている区画とのこと。おうちの中もとてもきれいで生活に必要な物は全てそろっている。みんな寄付で賄われた物らしいがそんな風には見えない。神様に仕える人の必要は満たされるんだなぁ、と思った。

金・土は「アメリカの郊外の家族の休日」にどっぷり浸かった。Jと一緒に童心に帰って自然の中や公園でたくさん遊び、野うさぎやリス、小鳥たちに出会い、これぞアメリカ人一家の定番(?)、芝刈りもKV先生ご指導のもとにやらせてもらった。近所のスーパーにKRさんとJと一緒に買い物に行ったり、皆で「ナルニア国物語・ライオンと魔女」のDVD鑑賞をしたり、近所の観光スポット、Battle Shipを見に行ったり。

日曜はもちろん皆で教会へ。車で2時間ほどの所に朝9時までに着かないといけなかったので、朝6時半に家を出た。
その教会はKV先生たちの日本の開拓伝道・牧会をサポートしてくれている。礼拝の前に、KV先生が日本での活動の様子、日本のキリスト教の現状を報告するのをそこの教会員の人たちと一緒に聞かせてもらった。スクリーンを使って、とても説得力のある、そしてKV先生らしくジョークも交えて、とても良くできたプレゼンテーションだった。
KV先生ご一家はアメリカ滞在中にこんな風に各教会に報告やサポートのお願いをして、日本の私たちの教会が支えられている、ということがよくわかった。彼らの働きによってアメリカ各地に日本の現状を知ってもらうことができ、祈られている。日本にいる時にはわからなかったけど、神の家族は国境を超えてつながっていることを実感した。

神様を信じて生きていることで、私の人間性や努力では決して得られなかった、こんなに豊かな関係が与えられている。すばらしい連休を過ごさせてくださった神様とL一家に感謝します。

2008年7月1日火曜日

また、心新たに

情熱大陸のON AIRが今週末7/6(日)だということが今日明らかになったのでお伝えしておきます!!

今日はボスとランチを一緒に取ることができた。以前から現状の仕事や今後の見通しなどについて相談したいと思っていたのと、教会のニューヨーカーの友人からのアドバイスで、自分の方から仕事の評価や期待を聞きに行った方がいいと言われていたのであった。どのタイミングで言おうかとしばらく考えていたのだが、今朝、「都合のいい時にランチをご一緒してもらえませんか」と切り出してみたら、「あら、もちろん!」と、今まであまり見たことのない、優しく明るい表情で返事が返ってきて少しびっくりした。そして、「今日大丈夫よ」と。
私の仕事ぶりはどうでしょう?もっとどうしたらいいと思いますか?どんなことを期待していますか?
これらをメインに話そうと、色々心の準備をしていた。聞いておきたいことをメモっておいたりもして。

SOHOの、日本人が経営している日本人向けカフェに連れて行ってもらい、ボスはオムカレー、私はチキンカレーを注文した。
私から話を切り出す前にボスの方から、「これまでやってきてどう?」と聞かれ、「学ぶことがいっぱいです」と答えたら、「そうね、私もずっと既製服やってきてたから、ドレスが全然違うってことに戸惑うのも経験してるし、わかるよ。でもね、アメリカじゃ誰も教えてくれない。」と言って、日本とアメリカの仕事の仕方の違い、自分から何でもかんでもいちいち聞きにいくこと、自分から環境を変えていくこと、などなど、彼女の経験からたくさん教えてくれた。彼女もNYのドレスメーカーで、英語もままならない所からインターンでスタートしているので私がどんな気持ちを抱えながらやっているのかを手に取るようにわかっていた。彼女もアメリカ人の態度に苦労し、つたない英語でいちいち聞くことにストレスを覚えながらやってきたのだ。遠慮してしまっていたら実力もつかないし、決して甘くはない。彼女はそのことをよくわかっているからあえて私にバシバシ言って、細かいことは自分で学ぶよう訓練してくれていたのだ。やっぱり私はまだまだ性格的におとなしすぎて、優しくて良い所でもあるけど、もっともっと学んで行くチャンスがある、ということも伝えてくれた。今までのボスの態度からは想像のつかない、とても配慮と優しさのこもった言葉だった。

彼女の器の大きさと自分の生ぬるさとがはっきりとわかり、何とも表現し難い深い衝撃と感謝とが渦巻いている。NYでの生活・会社に馴染む、関係をなんとかする、といったことにばかり気が取られ、もちろんそれは必要なことだったけれど、仕事に対するフォーカスが散漫になっていたなと改めて思う。でもどこかで気付いていて、きちんと目の前にその事実を置いて向き合いたかったのだ。今日がその「時」で、こんな風に優しく気付かせてもらえるなんて・・・。本当に、もっと頑張りたいという動機が与えられた。私にとってチャレンジだけど、相手に気を遣い過ぎて自分の成長を止めてしまわないようにしなくちゃ。

NYに来る直前まで、たくさんの厳しさや辛さに涙するだろうと思っていた。でも、厳しさに涙したのはほんのちょっとで、まったく想像してなかった、人々の愛に溢れた言葉や助けに涙することの方がたくさん。こんな環境で大好きな服作りに携われるなんてAmaging Grace。神様、本当にあなたの導きに感謝し、賛美します。

2008年6月30日月曜日

最近のあれこれ

ちょっとご無沙汰しちゃいました。最近は生活も落ち着いてきて、何について書こうかと思い巡らしているうちに日々が過ぎ・・・。今回はトピックを絞らずに最近のあれこれをお伝えしましょう。

最近日本の両親や友達から、「情熱大陸」の放映はどうなったのかと聞かれる。実は私もどうなっているのかよくわからない。6月頃のON AIRと聞いていたのだが、もしかしたら企画倒れになってしまったのか、スケジュールがずれこんでいるのか?? もしON AIR されたとしても、私個人的には変な英語を話していてかなり恥ずかしいので、せめて私の姿はカットされていることを願っている。

前に、なかなかトワルチェックのOKが出ないと書いたけど、あの後もう一度チェックしてもらってようやくOKがもらえ、その後も次回のショーの新型パターンを2型任せてもらえた。あぁ~、ようやくパタンナーらしい仕事ができて嬉しい。でもやっぱり既製服と構造が全然違うのでたくさん直されるし、たくさん質問しないといけない。しかも英語で・・・。まだまだ英語でどう言えばいいのかわからないパターン用語がたくさんあるのだ。最近説明に困ったのが「けまわし」「切り替え」などなど。図解やジェスチャーを交えてなんとか伝えているけど、今度ボスに聞こうと思いながらいつも機会を逃してしまう。
でも3ヶ月近く経って職場の人たちとも仲良く、とまではいかないが、会社の一員として認識してもらえてきているのでコミュニケーションも前よりは取りやすくなってきた。パタンナーのMLも最初のうちはとても威圧的に感じたけれど、最近は私のつたない説明も理解しようとしてくれるし、ちょっと優しさを感じるようになった。
先日ボレロのトワルを作っていたら、縫製の女性HNが、「そのボレロ、ナイスよ。すてき。きっとJも気に入るわよ!」と言ってくれたり、ディレクターのDVとはよく生地屋への支払いの件で話さないといけないのだが、けっこうジョークを交えてくれるようになったり。ラテン系の縫製のおばちゃんたちも時々パンやケーキを分けてくれる。私もおにぎりを作ってあげたり。裁断のNLは彼のたどって来た人生や家族のことをオープンにシェアしてくれる。そして、最近覚えた日本語が、「アナタハ ワタシノ トモダチデス」。まだ私はパターン用具を何も支給してもらっていないので、定規やおもりなどをNLとシェアしている。彼が忙しいときは借りるのが申し訳ないのだが、先日、「使ってるのにごめんなさい、ちょっとだけ貸してください」と言って定規を借りようとしたらNLは、「アナタハワタシノトモダチデス。気にしないで使ったらいいよ。僕はね、君と一緒に働けて嬉しいんだよ。」 うぅ、なんてあったかい人なんだろう。泣けそうだった。ボスも相変わらずバシバシだけど、私の言うこともきちんと認めながら話してくれているのが伝わってくるようになった。職場の人間関係が大変でなかったことはとても大きな恵みだと思う。海外で、言葉もままならないのに人間関係も良くなかったらきっとやっていけなかっただろう。本当に感謝。

教会の中でも、最近までは色々な小グループにちょっとずつ顔を出していたのだが、ここのところ一つのグループに落ち着くようになった。日本人がいないので言葉の面でなかなかたくさんの交わりが持てないのが辛いところなのだが、話せなくてもただ一緒にいることを大切にしようと思って毎週のBible Talkに参加している。みんなで祈るときも思うように言葉が出てこないし、ディスカッションにもなかなか参加できない。せいぜい一言二言述べる程度だけど(会話よりも祈り、ディスカッションははるかにむずかしい)、少しづつ皆との関係が近くなってきている。私からはたくさん話せなくても皆の方から話してきてくれる。あまり会話が続かないので長くは話せないけど・・・あぁ、本当に英語を上達させなくては!!

ルームメイトのRTともそうだけど、「あなたと仲良くしたいです」という気持ちを持ちながらただ共に時間を過ごしている、ということって何でもないようで大事なのかな、とあらゆる場面の人間関係の中で感じさせられる。言葉と異文化の不自由さの中で過ごすことについて、「言葉が不自由=関係が築けない」という恐れがずっとあったけど、決してそれだけじゃないんだってことが今はわかる。以前、カウンセリングの勉強をしていたときに「コミュニケーションの中で、言葉が占める割合は7%。他の93%は表情やしぐさで伝わっている。」ということを教わったのを思い出す。もちろん話せるに越したことはないし、より深い関係や仕事のためにも上達は不可欠なのでそこに甘んじるつもりはないけれど、このみことばを心に留めておきたいと思っている。
「知識は人を高ぶらせるが、愛は造り上げる。」1コリント8:1

*時々なぜかシステムエラーで写真をアップできないので、また次回トライしてみます。

2008年6月17日火曜日

ルームメイト


写真上:RTの作品

写真下:愛犬Baby

私のルームメイトは黒人のおばあちゃん、RT。FIT卒のアーティストである。そしてクリスチャンでもある。部屋には彼女が描いた絵、彼女が染色したスカーフ、彼女が作ったクッション、アクセサリーなどなどがたくさん置かれている。どれもアフリカンテイスト。そしてBabyという名の犬が一匹。この子はよく吠えるけど人なつっこくてとてもキュート。
不動産屋にこの部屋を紹介されて、初めて彼女と会って話した時はとてもウマが合うように感じた。私も彼女もクリエイティブ系で、私はブラックカルチャーが好きで、彼女も私を気に入ってくれ、家賃もデポジットもおまけしてくれた。アッパーウエストサイドで500ドル台なんて奇跡的格安レント、ほんとに神様としか思えなかった。
しかし住み始めてみると、おばあちゃんなのでテクノロジーを無視して住んでいることが明らかになった。パソコンを持っていないことは最初に聞いていたけど、電子レンジも掃除機もないなんて。最近わかったことは、彼女も私もベッドルームにはクーラーが付いていないと…。 暑くなり始めた6月始め頃に、彼女が私の部屋をノックして、これを取り付けなさい、と、窓にはめるタイプの扇風機を差し出した。しかもホコリだらけ。暖房は付いているので、夏になったらこれがクーラーになるのかと思っていたらそうではなかった。外は暑いのだから、窓に扇風機を付けて外の空気を取り込んでも変わらず暑いと思うんだけど… 換気扇と一緒ではないか?インターネット接続も、勝手のわからない外国なので相当苦労したし、ディスカウントストアでハンディタイプの掃除機を買ったらすぐに動かなくなってしまうし、家賃は安くてもこういった面でずいぶん出費がかさんでしまった。
RTは基本的にはいい人なのだがちょっとコワイ。親切とも言いにくい。キッチンに私の食器や鍋を置いておいたら、「これはあんたの部屋に置いときなさい」と言われてしまうし。その割りに彼女の食後の食器や鍋は洗わずに置きっ放し。ある日ご飯を炊いていたら、「ライスを作ってるの?私にちょっと分けてくれない?」と言うので、「いいよ、でも何の味も付いてない、ただのライスだよ」と言って皿に盛ってあげたら、「え?味がない?Oh, no. 塩でもかければいいのかいね」と、なんだか嫌な顔をされた。ありがとうもなし?これでもクリスチャンなのか?あげなきゃよかった、と思ったけどぐっとこらえ、「お好きな味をつけてください」と言ってキッチンを去った。
こんなことが立て続けにあったので、あまり彼女と顔を合わせたくない気分になってしまった。でも基本的に家にずっといるRT。朝起きる時間も、夕飯タイムも、寝る時間もあまり私と変わらないのですれ違うことも少ない。こういう時、クリスチャン魂が目覚める。「愛は忍耐強い。情け深い・・・。あなたの敵を愛せよ。」 そうだ。ちょっと嫌な気分になったくらいで避けてもお互い何の益にもならない。コミュニケーションを取るようにしよう。
ある週末の夜、RTがTVを見ていて、私は食器を洗って部屋に戻ろうとしたのだが、ちょっと話かけてみた。RT作のアクセサリーがキッチンに置いてあったので、これかわいいね、と言って、どんな風に作っているのかなどなどを聞いてみた。そこから教会の話、音楽の話など色々会話ができた。それから、ちょこちょこ世間話などもするようになった。相変わらずぶっきらぼうだけど。
先日、10日締めの家賃の支払いをすっかり忘れていて、11日の朝起きてみたら部屋の扉に「家賃は10日までに」という張り紙がしてあって、おわっ、こりゃまずい、と焦った。しばらくしてRTも起きてきたのですかさず、「ごめんなさい。家賃は今晩払います。」と言ったら、「あら、それで大丈夫よ。ただ忘れてないかと思っただけだから。」と、以外と親切な答えが返ってきた。
その夜仕事が終わって家に着いてすぐに家賃を払うと、「そういえばまだあんたのIDを見せてもらってなかったけど見せてくれる?それと緊急時のために、英語を話せるあんたの友達の連絡先も教えてね。」と言われたのでそうした。すると、「NYは大きな都会だからね。何があるかわからないのよ。何か困ったり変に思うことがあったらいつでも私に言いなさい。あんたにはここでハッピーに暮らしてもらいたいからね。」
RTからこんな言葉を聞けるとは思わなかった。そして、その日の彼女は妙にフレンドリーだった。整髪料は何を使ってて、使い心地はどうか、とか、私が天然塩を使ってうがいしてるのを見て彼女も真似するようにしたとか、色々言ってきて、最後にグッチの試供品コスメセットを私にくれた。またホコリをかぶってたけど、彼女の警戒心が取れて、信頼と愛情を示してくれたんだなって感じて、なんだかとても嬉しかった。

さてその後、急激に仲良くなって、ということは特になく、今までとあまり変わらない日々が続いている。でもお互い前よりも気兼ねがなくなったかな。

2008年6月8日日曜日

マンウォッチング@職場

さて、再び職場について。最近ようやく会社の全体像が把握できてきて、自分の仕事も背景を考えながら進められるようになってきた。ドレスの受注のケース、手順、資金繰り等々、約2ヶ月かけて体で覚えるしかなかった。ボスやプレス、ディレクターといった会社の主要人物は常に忙しく手一杯な様子なのでいちいち細かく教えてる暇はない、といった感じなので仕方ない。それにしても説明が足りなすぎるせいで起こるミスや行き違いが、私に限らず他の人たちとの間でもよくあるのでなんとかならないものかと思う。この点について色々な視点から考えてみた。ボスは日本人女性だけど、良くも悪くも全然日本人ぽくない。とてもアグレッシブでがんがん仕事を進める人である。先日、ある取引先の支払い金額と方法について問い合わせるように言われ、相手から言われたままのことをメモでボスに伝えておいた。内容は、小切手での支払いは受け付けていないので現金で支払ってほしい、ということ。後でボスから言われたのは、「うちはビジネスでやってるんだから支払いはチャージか小切手だけなの。相手は小切手で発生する税金を支払いたくないから現金払いを要求してるだけ。なめられるとそういうこと言われるからね。」 どうやら英語のあやしい私がやりとりしたせいで「なめられた」らしい。私はそんなルールをまったく知らなかったので、はぁ、そうだったんですか、としか言えなかった。きっとボスは外国で会社を設立して経営していく中で、この世界で「なめられない」ように、強気でやってきているんだな、と感じた。会社を経営していくことは生半可なことではない。ましてここはアメリカ。前に進むことにパワーを集中させるには細かいことなんて気にしていられないんだろうな。そんなキャラのボスなので、彼女とやりとりする時はいつも緊張する。
先日ようやく新型のドレスのパターンを一型依頼された。しかし、2回トワルチェックをしてもらってまだOKがもらえない。スカート部分のボリューム感や、裾を引きずって歩くシルエット等が一般衣料と全然違うところなのでまだ感覚がつかみ切れない。加えて、気軽に質問できないので彼女が何を求めているのかがよく把握できず、迷い多きトワルになってしまう。3度目の正直、になってくれるといいんだけど…。

裁断台の片隅が私のスペースなので、カッターのおじさんNLとのコミュニケーションが一番多い。相変わらず日本語習得に熱心で、「マキ、オヒルゴハン!」「チョト、マッテクダサイ」「オツカレサマデシタ」などなど最近多発中。柱に日本語のメモを貼り付けている。
EMという縫製のおばちゃまがいるのだが、先月の彼女の誕生日にカードを書いて以来話しかけてきてくれるようになった。ボスが私を呼ぶときの真似をして「マキサ~ン!」とおどけながらやってきたりする。どーんとした体格にキュートな笑顔、とてもかわいい。

裁断や縫製の人たちはけっこう親しみやすい。主に南米の人々だからだろうか?それとも責任の重さによって人格に影響が出ているのか??

2008年6月2日月曜日

Viva! Friends.

もともと一人でいるのが好きで、孤独に強い方の私。でも異国の地での孤独感は日本にいる時のものとは全然違う…。まだ勝手がよくわからず、身内もいず、ルームメイトも会社の人も知り合って間もなくて、どこまで信頼していいのかわからない。そして日本語が通じない。そういう状況下での不安感、孤独感はけっこうきつかった。
しかし、心強い存在が教会の友達。以前から知っている友達が日本人も含めて数人いてくれたことで、そして、クリスチャン故の暖かいフレンドシップに大いに支えられている。彼らのおかげで教会内での関係作りも助けられ、序々に輪が広がってきている。4月はどこの教会に行くべきかずいぶん迷い孤独感も殊更だったけど、やっぱり友達関係のある教会に自然と落ち着いてしまった。そんなわけで、だんだん週末が忙しくなってきたのでブログの更新も遅れちゃいました。
多くの態度Lのアメリカ人に揉まれる日々の中で、クリスチャンの友達の優しさ・暖かさは本当に特別に思う。私のたどたどしい英語にもきちんと耳を傾けてくれ、無給であるが故に何度もご馳走になってしまっている。そして、このブログのコメントやメールで日本の友達に励まされ、牧師先生からも特別な支えをもらっている。彼からのメールで何度涙したことか…。離れていても大切に思ってくれている人がいる。なんて恵まれて、愛されているんだろう。NYに来て本当に良かったと思うことの一つはこれ。生活の大変さはあるけど、そのきつさの中で与えられる人の暖かさや優しい思いに触れた時の深い感動。ずっと探していた宝物が突然目の前に現れて輝くような、そんな経験をたくさんさせてもらっていると思う。与えられるばかりで、私から一体何ができるだろう?? 変に遠慮せずに心から喜んで受け取りたい。そして、こうして施してもらったことを心にしっかりと刻み付けて、今度は私と同じような経験をしている人の力になりたい。私がこんなに助けられたように。
受ける時も与える時も神様が用意してくれている「時」なんだなぁと思う。その神様の「時」に逆らわずに素直に反応できる柔らかい心でいられますように。

*交わりタイムの写真をアップしたかったのだけど、画像の顔のぼかし方がわからず…。できるようになったらアップしま~す。

2008年5月18日日曜日

インターンの日々



写真:6Ave, 35Stにある附属屋さん。驚くほど種類が豊富。ユザワヤの比ではない。

さて、インターンとしてトレーニングを始めて一ヶ月が過ぎ、最近の私の仕事状況はどうなっているのか?というと、今のところ何でも屋という感じ。一番責任の重い仕事は、翌月のドレスのオーダーをまとめてどれだけの生地や附属が必要で、顧客に合ったパターンのサイズがあるかどうかを調べ発注をかけるという、いわば生産管理。会社の資金繰りに関わってくる業務なので間違いのないようにとても神経を使う。そして、発注した物はこちらから出向いて取りに行く、というやり方。これもインターンの仕事。うちの会社のあるSOHOと、日本で言う日暮里のようなGarment districtは地下鉄で数駅という近さだけど、いちいち取りに行くなんてびっくり。日本のアパレルはどんなに小さい会社で、発注数が少なくても送りが当たり前だったし、または生地や附属屋の営業が持ってきてくれたものだった。そして、こちらの生地屋はたたみで渡すのではなく、ロール状にするのが一般的なようで、持ち運びがちょっと大変。先日は発注数が多く重かったので生地ロールを肩に担ぐしかなかった。NYのミッドタウンで、「毎度~、佐川急便ですー!」
あとは、レギュラーパターンを顧客サイズに直したり、裁断を手伝ったり、トワルを縫ったり、買い物に行ったり、EXCELやWORDで書類を作ったり、言われたことは何でもやる。

社内のパタンナーは一人だけ、イギリス紳士風のおじ様、ML。実際どこの出身の人かまだ聞いたことがないのでわからないけど、そんな雰囲気。彼とのコミュニケーションにちょっと苦戦している。まず、何か質問しても必要最低限のことしか教えてくれないし、彼の英語はとても聞き取りにくい。そして、彼の仕事の範疇でないことは、「I don't know.」で終わってしまう。それ以上のことは聞き辛い。なんだか壁がある。ここで働き始めて一番感じるのが、仕事の教え方が丁寧でないところ。単に文化・習慣の違いからくるギャップかな。皆悪い人ではないし、意地悪されてるわけでもないのはよくわかるんだけど、日本だったら大抵の場合相手が業務内容を理解できるように、間違いを起こさないように教えるけど、ここではとにかく「これやっといて、次はこれ」と、まだまだ会社の流れがほとんどわかっていない相手に細かい説明なしに頼む。なのでこちらからたくさん質問しないといけないし、後になって、「頼むときにこのポイントを教えておいてくれれば二度手間にならずに済んだのに!」ということが度々起こるし、ミスも起こしやすい。そして、質問したい相手に限って皆威圧的なので、こちらの意見がとても言いにくい。特に英語だとなおさら。英会話に関して実感するのは、親しみやすい相手だと聞き取りやすいし、こちらの英語も出てくるものだけど、威圧的な相手だと聞き取りづらく、こちらの言葉も固まってしまいがち、ということ。特に私は強いキャラクターではないので、そういう人とのやり取りに大きな心理的負担と恐れを感じてしまう。だからと言ってわからないままにすることもできないし、避けることもできない。こちらのアプローチの仕方を考え工夫してより良く仕事を進められるようにするしかない。忍耐や謙虚さを身につけることを覚えさせられる。「うっ」と思う度にみことばや、イエス様の愛が私の心を守ってくれる。感情的な戦いはあるけど、感情に流されてしまわないように助けてくれる。

そんな苦労はあってもまだまだ未知数なNYのドレスメーカーでの経験は面白い。思考をフル回転させながらの日々だけど、「生きてるな~」と思う。日本で使う必要のなかった感覚が目覚めるというか…。
ちょっとオアシス的存在なのが裁断のおじさんNS。優しくて面白い。彼は日本語に興味があるらしく、私やもう一人の日本人インターンのAちゃんによく聞いてくる。最近は「どういたしまして」を覚えて、私が彼に「Thank you」と言うと、「ドーイタシマシテ」と怪しいイントネーションで答えるので笑わせてくれる。それを聞いたポーランド出身のHNは、「今なんて言ったの?」とNSに尋ね、彼が説明すると、「私の国の”Who are you?”に相当する言葉に似てる!」と反応していた。
そんなひと時が私をなごませてくれる。

2008年5月11日日曜日

でもやっぱりこの街が好き

前回までの4話はNYに来てから2週間以内に経験したことで、2~3週目位がきつさのピークだった。吹き出物が顔中に現れ、明らかに痩せ、ある日疲れと頭痛で勤務中に吐き気をもよおしトイレに駆け込んだ。それを境に序々に落ち着いてきている。相変わらず何かと不自由なことに毎日出くわすけれど、そのこと自体に慣れてきたように思う。サバイバルの最中でも親切な人に出会ったり、ありがたいことも色々与えられていたのだけど感謝にフォーカスする余裕がなかった。例えばある時、地下鉄の乗り換えがよくわからなくなって、ホームで地下鉄マップをしげしげと見ていたら、さわやかな青年が「May I help you?」と聞いてくれ、私の目的地までどう行けばいいのか丁寧に教えてくれ、電車が来るまで世間話になった。「僕はNYに来て10年になるけど、初めの頃はホントよく迷ったよ!君はどれ位滞在する予定?長く住みたい?じゃあグリーンカードがんばりなよ、イェイ!!」みたいな、妙に明るいノリ。電車が来るとこれまたさわやかに去って行った。迷ってしかめっ面になりそうな時に与えられたこの助けはとても心を軽くしてくれた。また、インターネット契約をした時の店員がこれまたとても親切で愉快な人だった。日本と契約スタイルが違うのでよくわからないことが多かったのだけど、丁寧に細かく、時折ジョークを交えながら教えてくれて、さらに、「もし何か困ったことがあったら遠慮なく携帯に電話しな!」と携帯の番号まで教えてくれた。そして帰るときには「じゃあ、気をつけて帰れよー、Thank you!!」と言ってハイファイブ、パシッ。日本ではこんな軽いノリの店員に会ったことがない。大変さを感じていた中だったのでありがたみも大きかった。

1ヶ月が過ぎて、やっぱり私はNYが好きなんだなと実感するようになってきた。ここで与えられているすべての経験が恵みに思える。一番のポイントは、ここには世界中の人が集まってきて共存しているということ。どんな人に出会っても驚かなくなる位それぞれが個性的に生きている。私の職場を見てみても、十数人の小さい会社だけど、アメリカ・日本はもちろん、カナダ、ペルー、中国、ポーランド、イスラエル、etc の人々が共に働いていて、もちろん基本は英語だけどあらゆる言語が飛び交っている。国境を越えて一緒に仕事ができるなんてとても素敵なことだな、と思う。
地下鉄に乗るとつくづく感じるけれど、ほんとに色んな人々がいて、見ていて飽きない。地下鉄の主要駅には各国のストリートミュージシャンたちが朝から晩までそれぞれ色んな所で演奏している。職場へと急ぐある朝、地下鉄を乗り換えるために駅のコンコースを歩いていると、パーカッションと鉄琴の、私好みの音楽が聞こえてきた。ドレッドの、予想通りアフリカンらしき人が演奏していたのだが、仕事前に心が癒されちょっぴり幸せな気持ちをもらえた。急いでなかったら箱に数ドル入れたかったな。

そしてもう一つ気に入っていることは、みんな基本的に気軽であるということ。最近はもう店で色々と聞いたりすることにも慣れてきたけど、というか店のシステムや値段など、表示が不親切すぎて聞かないとよくわからないことだらけなので、地元の人であっても聞きまくっている。それがここでは普通なんだということがわかってきた。「この地下鉄のラインはこの駅に行く?」なんて質問したりされたりすることはしょっちゅう。周りにいる2、3人がこうだああだと答えてくれることも珍しくない。先日は隣に座ってた人にいきなり、「コンプレイン(complain)のスペルはどうだっけ?」などと突然聞かれたり。日常的に面白いことに遭遇する。

昨日はタイムズスクエアの駅構内で、ホームレスらしきおじさんが誰にでもなく大きな声で聖書を読んでいた。とても熱心な様子で。そういえば先日もホームレスのおばさんが同じようなことをしていたな。と思ったその時、ラザロの話を思い出した。乞食だった彼は地上では良いものを得られなかったけど天国で豊かに与えられたように、きっと神様を信じてなりふりかまわず一生懸命聖書を読んでいる彼らは神様に喜ばれ、大きく報われるだろうな、と思って彼らへの尊敬と感動が与えられた。

2008年5月3日土曜日

サバイバル その2


ここNYでは、慣れていないと買い物一つもあなどれない。
日本を発つ時、持って行く荷物がはるかに重量オーバーになってしまい、とにかく必要最低限の荷物にまとめ、NYでも買える低価格の物はみんな置いていくことにしたのであった。
ここでちょっと余談。ユナイテッド航空のエコノミーは機内に預けられる荷物の個数が2個、重量が23kgまで、とサイトに書いてあったのだが私は削りに削ってもどうしても40kgを切ることはできなかった。でも実際搭乗手続きをしてみたところ、1個あたりの荷物の重量制限が23kgで、合計46kgまでは大丈夫だったことが判明!しかし、私は大きなスーツケースが30kg、小さいスーツケースに10kgという配分だったため、結局超過料金3000円を払う破目に…。「もっとわかりやすく書いておいてくれればもっと持ってこれたし重さの配分も考えられたのに!!」と心の中で叫んでいた。今になって思えば、直接そう伝えればよかったな。今後アメリカに長期で行く方、参考にしてくださいね。
話をNYでの買い物に戻すと、そんなわけでこちらNYでヘアケア、コンタクトレンズ用品、石鹸等を買う必要があり、わりと早々に必要になるこれらの物を早く揃えたいと思ってた。ドラッグストアはあちこちで見かけるので皆簡単に購入できるだろうと思っていたのだが、こちらのドラッグストアの店内は日本に比べて相当広く、ヘアムースなどはたくさんの種類の中からどれを買えばいいのかよくわからない。とりあえず自分のヘアスタイルのニーズに合ったお手頃なものを買ってみたのだが、匂いがかなりきつかった。石鹸も1個だけ買いたかったのだが3個パックとかそれ以上のものばかりで、ようやく単品があったので買ってみたらこれまた石鹸らしくない変な香り。はぁぁ。そして極めつけはコンタクトの保存液。私はハードレンズを使用しているのだが、置いてあるのはソフトレンズ用ばかり。たくさん置いてあるので一つ一つ確認してみるのだが、ない。そして知らない単語が色々書いてあるので、いつも持ち歩いている電子辞書で調べてみたりする。でもハードレンズに相当するような単語ではない。ニューヨークにはハードレンズを使ってる人はいないの!?と思い店員に聞いてみる。すると、「ハード用の物はそう書いてあるわよ」と店員。「でも探しても見つからないから聞いてるんだけど」と私。「じゃ、ないわね」と店員。以上。探そうともしてくれない。なんて冷たいんだろう…。その後3件ほど色んな地域のドラッグストアを見てみたのだが、ない。もう疲れた。また今度にしよう。
アメリカの食料品も、どれがおいしいのか今ひとつわからない。貴重な日本人の友達(姉妹)に教えてもらったオーガニックのお店「WHOLE FOODS」や、日本食材のお店「サンライズ」「JASマート」、または近所のスーパーで悩み迷いながら選んでいく。日本食材は迷わず選べるのだが割高なのでけっこう躊躇してしまう。
そして、新居のルームメイトはおばあちゃんなのでパソコンを持っていない。当然回線もない。困っていた。プロバイダ契約しないといけないのかな?それともUSBか何かを買えばワイヤレスで使えるのか?よくわからないので電気屋というかモバイル&パソコンショップのような「BEST BUY」の店員に聞いてみると、専用のUSBを買えばプロバイダなしでもネット接続できるという。でもけっこうなお値段。どうしよう。ほんとにこれで大丈夫なのか…?でも早くメールとかしたいしネットが使えないのは非常に困るけど、うーん、と悩んで結局その日は買うのをやめた。
帰り道、たかがちょっとした買い物に労力を費やし、不親切な店員たちにすっかり疲れ、地下鉄の中でお祈りせずにはいられなかった。”神様、私は日本でどれ程便利な中に暮らしていたのでしょう。私はここNYで、単身で、たかが買い物でこんなに気落ちして疲れてしまっています。でもイエス様も人間の世界でたくさんの孤独や苦労を経験して、私の疲れを慰めてくださるんですね…。” 混み合っていてガタゴト音を立てて揺れるマンハッタンの地下鉄の中、上を向いて、涙をこらえた。

2008年4月28日月曜日

サバイバル その1


写真:紀伊国屋の窓から見たブライアントパーク

「海外旅行と海外に住むのとではまったく違う」とはよく聞いていたし、そりゃそうだろうと思っていたけど、実際に経験してみてその違いが身にしみてわかる。旅行の場合は限られた時間内で、日常から離れてまったく違う刺激を受け、それを楽しむことができる。その期間が終われば、それまでに築いてきた生活パターンに戻るだけのことである。
しかし、よく知らない土地に住み始めるということは、何もかもよくわからない中で生活を立てていかなければならないので刺激を楽しんでいる余裕がない。限られた時間と予算内で、異文化の中で新しいベースを築いていくということはけっこうしんどい。
まずは家探し。ネットを見ればたくさんのルームシェア募集広告が出ているので自分で探し出すことも十分できるのだけど、アメリカ人とのルームシェアを希望している私にとっては契約やら細かいやり取りを全部英語でするのはちょっと厳しいし、週5日のフルタイムインターンなので時間的余裕もない。一時滞在の宿に長居することになると出費がかさんでしまうし、早く確実に決めるために日系不動産会社を頼ることにした。希望条件を伝えておけば条件に合ったルームシェアをどんどん紹介してくれて、こちらの予定に応じてアポも取っておいてくれるので、あとは部屋を見に行けばいい。しかし、仕事が終わった後に2件見に行ったりするのが意外と大変。とにかくまだ地下鉄に慣れてないので乗り間違いをしたり、予想以上に待ったりして時間を食ってしまう。その前に銀行でお金をおろしてから行かないと、と思えば、あれ?CITI BANKはどこ?とうろうろ…。なんとか一件目のアポに間に合った!でもそろそろ夕飯、ここら辺ではどんな店があって何が安く食べられるかしら?うーん、この店はおいしいのだろうか…その前にここの注文システムはどうなってるのかも、値段もよくわからない…。いちいち聞くのもちょっとストレスを感じるので他を見てみたりする。そうこうしてるともう2件目のアポに間に合わなくなってくる。結局デリで適当なパンと飲み物を買って地下鉄内で食べる。ああ、今日の栄養価はイマイチだなぁ。そしてようやくたどり着いて連絡を入れてみると、なんと数時間前に他の人が契約を決めてしまったとか!そんな調子で3日位連続で物件を見て、ありがたいことに3日目に部屋を決めることができた。マンハッタンのアップタウン、セントラルパークのすぐ西側の、駅からも近い便利で安全な場所に
$500台のレント!しかも、ルームメイトになるおばあちゃんがなかなか親切で、さらに割引してくれた。NYの常識では考えられない神様の恵みにひたすら感謝!! しかしながら、この3日間慣れない土地で迷いながらの家探しで連日寝るのが遅くなり週末はクタクタの中でファッションショーを迎えたのであった。
そして、まだまだ私を疲れさせることがこの先にも待っていた。

2008年4月14日月曜日

ファッションショー


この週末(12~14日)は、ミッドタウンのとあるホテルでショーが開催された。
金曜の夕方から搬入作業開始。
先の予定を伝えられないで突然動き出すので何が起こるのかよくわからない。
ドレスは箱詰めして送るのかと思っていたら、皆で運び始めた。
うう、ウェディングドレスは重い。
初日の土曜は展示会形式でお客を招いているので、ホテルの一室
(といっても披露宴会場のように広い)を借りて、
そこにドレスを並べていった。気が付けば、
インターンは私を含めて合計4人もいることがわかった。
一人は日本人の女の子。あとの二人は多分アメリカ人の男性と女性。
皆学生である。私のみ相当年上…
でもここはアメリカ、歳など気にしない気にしない。

さて、やはりインターンの主な仕事はモデルへのフィッティング。
実は私はこれが苦手。何度か経験はあるけど、
いつも舞台裏の着替えはばたばたで
ちょっと殺気立っていて、ハプニングが多くて心臓に悪い。
でも何事も、はるばるNYまで来て経験させてもらえることを感謝しよう。
と心に決めた。
初日の展示会では、お客さんからのリクエストに応じてモデルがドレスを着る。
ドレスは生地が硬くて厚いものが多く、さらに体にぴったりしてるので
ジッパーを上げるのが大変。いつも二人がかりで、
何着もやってると指が相当痛くなる。
それにしてもディレクターのセールストークは上手い。
自信たっぷりに一着一着のドレスの魅力を語り、
お客さんを引き込む。彼は私のイメージする典型的アメリカ人。
いつも笑顔でテンションが高い、ハリウッド映画とかに
登場しそうな人物である。

展示会2日目の夕方、いよいよファッションショー!
私たちインターンは裏方でフィッッティングでバタバタ、うわ、
こんな時にジッパーがひっかかって上がらない。あれ?このリボンの結び方って
どうだったっけ?あせっているとすかさずヘルプの手が飛んできて直してくれる。
そんな風にばたついているうちに会場から拍手が。ああ、見たかったなぁ…
やっぱり要領良くテキパキと、とは行かなかったけど無事終了。
ショー会場からドレスを移動し終わると、皆とっとと"Have a good night!"
と言って帰って行く。職場でも同様、皆終了時間でぱぱっと帰る。さすが
ニューヨーカー、切り上げが早い。気を使って残ったりしないところが気持ちいい。

3日目、初日と同様に展示会形式で、アポイントを取ってあるクライアントを接客。
さすが高級ウェディングドレス、サックスフィフスアヴェニューも来ていた。
夕方、引き上げ作業。搬入と同様にドレスや諸々の荷物を手分けして運び、
タクシーに積んでオフィスに帰る。ああ、また爪が折れている。
NYに到着して最初の週から土日出勤+肉体労働。さすがにへとへと。
翌日はとりあえずオフをもらったけど新居に引越しで休めず。
現実は厳しい。次回は身に染みてきた厳しさについて書かずにはいられない…。

2008年4月12日土曜日

ついに到着!インターン開始&いきなりTV??


写真上:23stで目に留まったショップ
写真下:一時滞在先の風景

2008年4月3日、とうとうNYに到着。
両親、友達、教会のみんな、仕事の取引先の方々・・・
私の周りにいて応援し続けてくれた人たちへの感謝が尽きず、
飛行機の中では度々涙がこぼれて困った…。
でも到着したらもう感傷的になってる暇はない。

着いたらまずイミグレーション。黒人の大きなお兄ちゃん。
観光ビザではないのでなんだか色々質問されて時間がかかったけど、
(何とか聞き取れて良かった!) 笑顔で、「君の滞在するクイーンズは
いい街だよ。楽しんで。」と送り出してくれた。
JFK空港ではこちらで通う予定の教会の牧師先生が
車で迎えに来てくれることになっていて、
ちゃんと英語でコンタクト取れるかな、とちょっと心配。
やっぱり電話での会話はちょっと難しく、相手の言ってることが
すべて聞き取れないので、会うまでに牧師先生を少々歩き回らせてしまった…。
でもさすがは牧師、会った瞬間笑顔とハグで温かく迎えてくれ、
宿まで親切に送り届けてくれた。
ありがとう、T先生!
そんな風にNYでの第一歩を踏み出したのでした。

さて、このブログを書いている今日は4月11日。
かなり忙しくズッコケな日々でろくにメールも出せず、
あっという間に一週間が過ぎてしまった。
色々書きたいことが山積みだけど、まずはインターン奮闘記から行きます。

SOHOにあるウェディングドレスの会社でのインターンとして7日からスタート。
初日は超緊張の中、インターン斡旋会社の方と同行で出勤。
まずはショールームへ通される。おお、さすがアメリカの建物、
天井が高くて窓も大きい。そしてシンプルで綺麗なショールームには
美しいドレスがダダッと掛けられている。
最初はボス兼デザイナーの日本人女性と面会する予定だったのが、
彼女に急用ができたらしく、他のアメリカ人スタッフの女性に
オフィスを紹介してもらうことに!
斡旋会社の方は契約書にサインをもらってすぐに帰ってしまい、
いよいよ英語バトル開始!?
まずはスタッフ一人一人に挨拶しに行き、次に
ざっと仕事の流れを説明してもらった。とりあえず聞き取れたけど、
自分の言いたいことがすっと出てこないのがもどかしい。
Yes、OK、I see、ばかり。ま、慣れるまではしょうがないか。

最初にお手伝いしたのがカッティング。
オートクチュールなのですべてのドレスを社内で作っている。
優しそうな、東南アジアか南米系のおじ様に教えてもらいながら生地を裁断。
「へぇ~、こんな風にやるのねー。」 と、ドレス一着分をチョキチョキ。
次はビーズ刺繍を頼まれる。ドレスの接ぎ目が自然に見えるように
ビーズ刺繍でつなげる作業。
おお、いきなりオートクチュールっぽい。嬉しい。

ふと気が付くと、ビデオカメラを持って歩き回っている日本人女性が
いるではないか。私とボスが挨拶しているところを撮っている。なんだろう?
なんと、「情熱大陸」のドキュメンタリーを撮っているとのこと!
ええっ、いきなりTV出演??
どうやら6月あたりに放送予定らしいのでチェックしてみてください。

週末にショーがあるのでばたばたと雑用をこなす日々。
英語は全部はわからないけど、
半分聞き取れればあとはだいたい状況から判断できる。
とりあえず職場では、心配してたほど困ったことには今のところなっていない。
スタッフの皆も良い人ばかりのようだし安心安心。

すべての道を整えてくださっている神様に感謝!