とうとうプロポーズされてしまった。と言っても事が起こったのは、あらら、もう一ヶ月以上も前の5月24日、私の誕生日の二日前である。もっと早くブログを更新したかったのだけど・・・。
もしかしたら誕生日プレゼントに婚約指輪?なんてこともあるかも。と密かにそんな思いもよぎっていたのだが、まさか誕生日前に来るとは思わず、サプラ~イズ!な瞬間となった。
ブルックリンに「ボタニックガーデン」という、花や緑のきれいな公園があり、彼の家にも近い。
私がNYに来て間もない頃、CLは、まだまだ不安でいっぱいだった私をその公園に連れて行ってくれたのだ。
いわば初デートした場所でもある。そう、プロポーズされた場所もここ。
その初デートの時は、何を話していいものやらとすごく戸惑っていたのを覚えている。人気者でいつも忙しい彼がわざわざ私のためにスケジュールをあけてくれたことはすごく嬉しかったけど、同時につまらない思いをさせてしまうんじゃないかという申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。でもCLは、静かな私を前にしてたくさん彼の人生をシェアしつつ、彼の思い出を絡めながら公園を案内してくれた。なんとまぁ楽しくて明るくて、Givingで謙虚に仕える、思いやりにあふれた人なんだろう、と改めて彼のすばらしさに心打たれた時でもあった。
オープンマインドな彼はその時、以前の彼女との関係がどうだったかも話してくれた。たくさんの傷を負って、でも卑屈になったり相手を恨むようなことをせず、そこから学んで、相手の幸せを願い前向きに歩んでいる。それを聞いて私は、「あなたは本当に成熟した人だね。あなたには必ず、すごく素敵な恋人ができると思う。」と彼に伝えた。
(まさか自分がそうなるとは!)
それから度々一緒に時間を過ごすようになっていったのだが、彼の親切を自分への好意と勘違いして受け止めてしまわないように、いつも自分の心に言い聞かせないといけなかった。「この人、私のことをいいと思ってくれているのかな?」と思って、期待して友達関係を築いていって、やっぱり違いました、ってことが今まで何度あったことか。その度にがっくり落ち込んで、なんで私はいつも「いい友達」止まりで、特別な女性として選んでもらえないんだろう?そんなに魅力に欠けているのかな・・・。何度もそんな思いになることを繰り返していたので、もう何の自信もなくこれ以上傷つくのはごめんだった。だから自分から彼を誘ったり、必要がないのに連絡を取ったりはしないようにしていた。
「神様、私は彼が大好きです。でも、もし彼が私に何の特別な思いもないのだったらどうか私がこれ以上の思いにならないように助けてください。でも、もしこの関係が御心ならば速やかに明らかにしてください。」
何度もこんな祈りをしていた。
CLと人生を共に歩める、こんなに素晴らしい、嬉しい、幸せなことが他にあるだろうか? CLとの関係が実るまでにたくさんの傷、失望、悲しみ、自信喪失、不安、恐れ、憤りを感じてきたけど、この痛い経験を重ねたからこそ今の祝福がものすごく尊い。今までの苦しみの報いは何百倍?と心から思う。もし何の痛みも通らずにこの関係が与えられていたらここまで深く神様に感謝したり、自分をさしおいてでも彼を大切にしよう、とは思えなかっただろう。
30代、特に後半以降の女性にとってのシングルライフが、特に心の面でいかにきついか、経験したのでよくわかる。でも、その苦しみは決して無駄にになることはなく、苦しんだ分だけ喜びも大きくなって返ってくる。神様と共に歩んでいればなおさら。私と同年代のシングルの友達を励ましたい。その時はいつになるかわからないけど、現状がどんなに絶望的でも、神様はそれを大きな祝福にして与えてくださる時が来る、ということを。